2009年06月12日

これも人間理性の限界か。

 1限は保健。アンケート結果の発表。質問したからには当然その質問の意義を説明する責任があると思うのですが・・わざわざ質問するのも面倒だったので控えましたが、「あなたはブリーフ派ですか、トランクス派ですか」というのは何の意味があってしたのでしょうか。ブリーフ派はマイノリティであることを示したかったのでしょうか。私は予想以上にトランクス派が多くて驚きました。下着の種類なんて人それぞれでいいと思うのですが、日本人の気質でしょうか、一つの側に偏るようです。(どうでもいいですが、母親を基準にするっていうのはなかなかですよ)

 2限は情報。これは、ほとんど聞いてません。
 3限は現代文。朝生の田原総一郎と西尾幹二のような激論が交わされていました。私の見解では、観点の二重化・規範文法の概念の何れが先に生じるかは判定不能です。自分と異なる観点の他者を認識することにより、観点の二重化が生じ、それが規範文法の概念つまりその世界の意味秩序の理解に結びつくとも言えますし、逆に、規範文法の概念を他者に条件付けでたたき込まれて、初めて自分の行動を評価する観点、すなわち観点の二重化が生じるとも言えます。つまり、どちらの議論ももっともらしく聞こえ、まさに「ニワトリが先か卵が先か」の袋小路に追い込まれているのではないでしょうか。カントの言うところの「アンチ・ノミー(二律背反)」という奴です。
 もっとも、私のような懐疑論者からすれば、観点の二重化そのものに疑問が投げかけられます。すなわち、他者の観点といっても、結局は「主体」によって解釈された「主観」に過ぎないのでは。私が他者の観点に立つことなど、不可能ではないか。そうなると、客観そのものが怪しくなり、全ては、「主観」というフィルターを通して認識・解釈・抽象されたものに過ぎないのではないか。しかし、こう言ってしまうと私の「主観」と他者の「主観」の間における合意形成がなぜ起きるかが説明不可能となるため、カントが人間理性における対象の認識モデルを提示し、フッサールが間主観的という概念を用いて理論武装していく・・らしいのですが今の私には理解できません。

 現文を書いていたら疲れたのでこの辺で・・では。
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2009年06月10日

いつの間にか分かりやすくなっていた。

 今日は朝練でしたが遅刻してしまいました。申し訳ない。大分完成度が高まってきたと思います。自分はまだ最高音を保てていませんが。

 1・2限は化学。有機化学は比較的分かり易いのですが、時折、睡魔が襲い掛かってきました。また、ムカデが発生するという異常な事態も。

 3限は漢文。性格と頭が何かと話題になる方ですが、授業は分かりやすく次第点。

 4限は数B。中学時代と比べ、面倒見が良くなっています。授業時間が週1なのが惜しいほど。

 というわけで帰宅。まるでサラリーマンのように地味な1日でした。こうした一日を過ごしていると段々と身の内話しか出来ない主婦のようになってしまいそうです。やはり、読書は欠かせません。




 水曜ノンフィクションは先週放送で打ち切りとなりました。以前紹介したように、本格ドキュメンタリー路線を目指してゴールデンに配置されたのですが、いまひとつ内容に深みがなかったようです。この辺りが、今のTBSの限界を示しているのでしょうか。

 最近は月刊誌の廃刊・休刊が相次ぎ、出版不況を感じさせます。ネットが原因とのことですが、私はフリーライターの永江朗氏の仰るように、月刊誌自体に魅力が感じられないのが原因だと思っています。
 書き手が古いことや、冷戦後に熾烈なイデオロギー対立というものがなくなってしまったことも原因でしょう。

 メディアのあり方が見直される時期なのかもしれません。
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2009年06月09日

<現代日本の危機>未来のことよりも今が大事、国全体が自転車操業

 政治とは、何なのか。経済とは、何なのか。これに答えることは容易ではない。ある人は「政治とは友愛である。」といい、ある人は「政治とは、他者を受け入れることである」という。しかし、政治にしても経済にしても決して忘れてはならない基本理念がある。それは、「弱者のため」になされるものという点である。
 強者に政治はいらない。なぜなら、強いものが生き残り、子孫を増やすことは自然が立証している。しかし、弱者は政治がなければ強者に打ち負かされてしまう。弱者は、近代における立憲主義が確立することによって初めて生存権が政治的に保護され、ようやく政治がその本来の意義を果たすこととなったといえる。

 しかし、現代日本では、その根底理念が覆されそうになっている。というのも、政治の表舞台に立つ人間が、鳩山一郎の孫と吉田茂の孫であり、彼らが楽しそうに党首討論をしているのを日本中の国民が当たり前のように茶の間で見ているのである。
 考えてみれば、政治家というのは資格もなければ才能も必要ない。しかし、我々多くの人々は、政治家は特殊な職業と思って見ているのではないか。

 「政権交代」なることが声高に叫ばれている。「政権交代」すれば、まるで万事解決するような言い方である。多くの国民は困窮し、政治が混乱している。すると人々はその状況を抜け出さんが為、キャッチーな政治言語に吸い付くようになる。それは8年前の「構造改革」も同じだった。「構造改革」すれば万事解決する。我々はそこに夢を見た。そして政権を小泉純一郎に託した。そして今見ているのが派遣村の地獄である。
 私は8年前も今も、政治言語によって導かれる未来を期待していない。私は小沢信者があれほど無邪気に「政権交代すれば万事解決する」という幻想を抱いていることが理解できない。私は彼らが話す政権交代への期待を冷ややかに聞いている。
 果たして15年前の政治改革とは、このレベルの二大政党制を目指して行われたものだったのか。

 私は解散総選挙で自民・民主のどちらが勝つかということには全く興味がない。どちらも政治哲学は同じであり、違いはかつての自民党内の派閥間よりも小さい、微々たるものだからだ。来たるべく政界再編に向けて、政治哲学を持たない有象無象が永田町でせわしなく動いているのが連日マスメディアで報道される。そうした報道に出てくるのはいつも決まった人間であり、節操のない姿を公衆にさらしている。
 自民党内の改革派と呼ばれる連中を私は嫌悪する。彼らは口先では偉そうなことをいいながら、何も行動していない。重要な場面ではおろおろと付和雷同で、全く責任感というものが欠けている。彼らは有権者の前では改革派を気取り、裏では大物議員に寄り添い、閣僚ポストの勘定でもしているに違いあるまい。そういう連中が、首相になったら、今の首相以上の醜態をさらすこととなるであろう。
 しかし、メディアはそういう連中を持ち上げ、民主党と同じように、政治を変えてくれる存在かのように報道している。カップ麺の値段も知らない苦労知らずの世襲貴族の「改革派」が、どうして今の日本の弱者を救い、この国の格差を是正できるのであろうか。
 メディアは彼らを「改革派」などと紹介するのをやめた方がいい。正しくは「世襲貴族・封建派」である。

 現在の民主党も自民党も政策理念は「新自由主義」であり、言い換えれば、自己責任・市場原理主義である。
 そこには政治の基本理念である弱者への配慮が全くもって欠けている。それは、政治家自身が世襲であるか、ブルジョワジーであることにより、そういう立場によってしか世界を捉えられていないことに起因している。日本は「改革派」の喜ぶ「政権交代」可能な二大政党制の誕生により、封建制へとまた一歩近づくこととなる。ここから真の地獄が始まる。我々は黙ってみているしか手がないのか。
 
 
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2009年06月05日

<現代日本の危機>吐き散らされる汚言と幼児化する大人

 帰宅途中の私鉄。私は一日の疲れから、うとうと眠りかけていた。ショッピングセンターが併設するとある郊外の駅から、数人の若者グループが乗り込み、私の座席の隣のドア付近でべちゃくちゃと立ち話を始めた。
 私は不快だった。夜も遅い時間帯だというのに酒でも入っているのか、とにかく声がでかい。帰宅途中のサラリーマンが座席でつかの間の休息をとっているにもかかわらず、傍若無人な振る舞いは一応成人している人間だけに情けない。この路線は郊外からの通勤路線である。新橋辺りのサラリーマンが山手線で騒ぐのとはわけが違う。
 なにより、彼らの口から発せらるる言葉が不快だった。古舘伊知郎やみのもんたの言葉がゴミであるならば、彼らの言はゲロである。あれほど下品で無内容で有害で稚拙極まりない言はさすがにテレビカメラの前では発せられない。私は彼らの安眠妨害でしかない汚物のような言を遮断するため、ポータブル音楽プレーヤーを起動。終点まで好きなBeing系アーティストの曲を聴いていた。

 私は彼らのような人間がもし子どもを持つ親になったとしたらと想像し、空恐ろしくなった。あの程度の知性の下で育てられたら子どもは、一体どうなってしまうのであろうか。

 そしてこの国の多くの知性は、実は彼らと本質的にはなんら変わっていないのではないかと感じた。説明が出来ない、説得も出来ない、常識もない、決断をしない、責任も取れない。これが今の日本の首相であり、この国の財界・学界・法曹界その他あらゆる分野のトップの実態なのである。
 口では何か分かったように話しながら、頭の中ではなにも考えていない。報道ステーション・古舘伊知郎はいわずもがな、みのもんたも、麻生太郎も、小沢一郎も、皆同じである。

 果たして本当の知性が世襲とコネの活きるこの国にどれだけ根を張ることが出来るのだろうか。
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2009年05月13日

小沢辞任!解散はますます遠のく!

 つくづく感じるのは、内政社民、外交保守の政党はないのかということです。

 「従軍慰安婦は日本軍による強制連行の被害者である」こんなデタラメを言う政党には政権は任せられません。

 無駄な道路はジャンジャカ作って社会保障は切り捨てるような政党にも政権は任せられません。

 少子化対策という名のフェミ優遇政策もお飾りの雛人形少子化担当相も要りません。税金を返してください。

 これなのに消費税上げて生活費負担を増やし金持ち優遇政策(法人税減税)などというのは言語道断。

 バランスの取れた政党はないのでしょうか。

2009年04月29日

John・Lockeの<自然状態=自由・平等>に異義あり!弱者は自然状態では決して救われない!

 自分の娘を熱湯に入れ、息子を逆吊りにして振り回す。これが人間の所業かと思わせるような事件がまた発覚。

 この女が何を考えてこのような行為に到ったか想像すらできないが、<「熱い」と床を転げ回る姿が面白く、笑って見ていた>というから、少なくともこれだけは言える。「馬鹿につける薬はない。」
 まともな教育を受けていないか、乱心か。いずれにしてもこのようなことが当たり前になる世の中が恐ろしい。

 そもそも暴力は犯罪ではないのか。なぜいじめられて自殺する方に責任があるのか。

 こうして社会的弱者がどんどん追い詰められていく。

 警察は本当の弱者を救わない。

 当たり前である。

 警察権力は政治権力のための組織だからだ。

 社会的弱者を守るには、まともな感覚を持った市民が連帯するしかない。

 世知辛い世の中である。
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2009年04月19日

8ヶ月ぶりの交代/歴史認識は本質でない

 TOP画像を十六条旭日旗仕様に致しました。

 私は暁と黄昏といえば、黄昏を好むのですが、しかしながら旭日旗も素晴らしいと思っております。

 逆向きなのはご勘弁。




 日本史の授業で近現代史(正確には開国から十五年戦争に到るまで)に関するビデオを視聴し、それについて検証しました。

 この種のイデオロギー的なものは、私も嫌悪感を抱くのですが、かといって日本が全部悪者でした、これからはアジア(といっても実際にはシナ・韓)に謝罪外交を続けます・・とも言えません。

 そもそも私は戦後60年経って、未だにこの手の問題が外交問題にまで発展することが異常だと思っています。

 ドイツとフランスはあれだけ戦争していても今ではそのことを水に流して友好関係を築いています。

 ですから、歴史を直視するのは、当然のことですが、だからと言って現在の日本が謝罪する必要はないとおもいます。
 
 もし仮に、謝罪し続けなければならないとしたら、我々は豊臣秀吉の朝鮮出兵についても謝罪を続けなければならないことになります。

 さすがにそれはおかしいと普通は思うでしょう。

 大事なのは今です。

 我々は今、戦争をしない国家になっている。

 これが大事なのです。
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2009年04月09日

文化交流の対日排斥を主張する中共の時代錯誤と欺瞞

 トンデモなタイトルとなってしまったのはご容赦願いたし。私は今の中共の時代錯誤は甚だしく、今後の日中間の文化・政治・経済の交流に大きな障害となると感じており、このようなタイトルと相成り申した次第。

 漢文科の文調で始めてみたのだが、いかがであろうか。シナ問題を語る上では適切であろう。それに加えて私はもう「中国」などと表記するのはやめようと思う。中華思想の喧伝につながりかねない。今後は可能な限り「シナ」あるいは「支那」で通したし。

 さて、私が取り上げたいのはこのニュースである。以下、時事からの引用。

 
中国で「ウルトラマン」たたき=温首相の問題視きっかけに
4月6日5時49分配信 時事通信

【香港6日時事】中国の温家宝首相が最近、孫がテレビで「ウルトラマン」の番組を見過ぎて困るという趣旨の発言をしたことから、同国内でウルトラマン非難の声が起こっている。
5日付の香港紙・リンゴ日報などによると、温首相は3月31日、湖北省武漢市のアニメ関連会社を視察した際、「わたしの孫が見るテレビ番組はウルトラマンばかり。もっと中国のアニメを見るべきだ」と述べた。
中国政府の指導者がテレビキャラクターについて言及するのは異例。このため、温首相の発言はインターネット上で大きな反響を呼び、「ウルトラマンが怪獣を倒すのを見た子供が、まねをして同級生をいじめるので、頭が痛い」「ウルトラマンと言えば(戦争中の)日本人を思い出す。人を殴ったり、殺したりすることしか能がない」などと批判が相次いだ。(大字等、筆者)


 この記事には文法的な欠陥が見られる。通信社の記者がこのような文章では、情けないとしか言いようがない。

 それはともかく、私はこの記事を読んで、正直ホッとした。そして、シナの未来を担うであろう温首相の孫に大きな期待を寄せた。私は純粋に、言葉も通じない向こうの子供たちと「ウルトラマン」という「文化」で共感できることに嬉しくなった。私も、幼稚園の時、欠かさず見ていたものである。見れなかった週はご飯も喉を通らなかった。

 おそらくこの少年も純粋に地球を救うヒーローに魅了されたに違いない。「(戦争中の)日本人のように野蛮だ」などとは夢にも思わないだろう。子供は正直だ。子供はシナのアニメよりも日本のテレビ番組の方が面白いと思って見ているのだ。

 シナの子供たちは日本のアニメ・ヒーローを通じて日本を理解している。そこには何の政治的な意図は介入しえない。だからこそ、抗日・反日で育った世代は、息子が日本のアニメを通じて「親日化」していくことに不満を感じ、過激なコメントを寄せる。

 そうした人々の声を受けて中共は17:00〜20:00という子供がTVを見るであろう時間帯の外国産アニメの放映禁止としている。しかし、彼らはこのような政策にも関わらず子供たちが日本産のアニメ・ヒーローに熱中する事実をどう受け止めるのだろう。

 また、シナ国内での反応に過剰反応し、日本でも「所詮海賊版、放映禁止」などとコメントを寄せる人がいる。それは日本にとってもマイナスである。

 シナではジェネレーションが変わっている。いわば、中共の手の届かないところで日本を理解する「ウルトラマン世代」が生まれている。日本も長い目で見て、お互いを理解し合える土壌を作っていくことが望ましい。

2009年03月21日

麻生総理また失言・・株屋は信用できない。。

 昼のANNニュースでまたやってました。「麻生総理また失言」と。

 総理:「株をやっていると、地方だと何となく怪しい(と思われる)。私は地方出身だが間違いなくそうだ」

 まあ、ウソではないので総理らしくていいと私は思うのですが。

 以前は

 総理:「小泉総理の下で、私は郵政民営化には反対でしたので、担当からは外されてました。」

 と驚きのカミングアウト。(4分社化について閣議では大反対だったとか:竹中平蔵談)

 そのうち、

 総理:「定額給付金はもともと私は反対でしたので。」

 とかなりそうです。

2009年03月09日

韓国に惜敗・・残念無念。


 日本、負けました。

 土曜は37.8%という驚異的な視聴率(いつもの土曜のEX系列は死んでますから)のなか、14-2でコールド勝ちだったわけですが、今日は0-1で惜しくも敗北。

 おまけにタックルは完全に潰されるし・・。

 敗因は・・松井がいないから、というのが私の持論です。
タグ:WBC
posted by GAO at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする